2010/10/13

2010/9/21免許証を預け、9/22に入院し10/06に退院するまで

2010/9/21
免許証をお上に預けて来ました。
普通なら朝から晩まで講習を受けて29日間短縮を狙って受験、その日だけのお咎めにしたい処ですが、バイクで僅か600kmで音を上げる程に心臓が弱っているのに長時間の座学に耐えられる筈もなく、夕方には執刀医師の術前説明、晩にはLargoTouringTeamによる激励会も予定されており、年内バイク禁止令も出ていたので30日間お預けすることにしました。

池袋でMP3プレーヤーを購入、東京メトロ有楽町線で麹町駅を目指します。
半蔵門循環器クリニックで採血と心エコー検査。「ほぼ間違いなく弁置換せずに形成術で治る筈。」の心強い執刀医師の言葉に「開けて診てダメだったら豚の弁入れて下さいね。」10年しかもたないかも知れない生体弁に置換されてでも機械弁を入れてワーファリンのみ続けて転倒出血死の恐怖に脅えながらバイク乗るなんてことはしたくありません。「わがままでしょうか?」に優しく「万一豚になっても10年後にその時最高の弁に再置換すればそれはそれで医学的にも正しい選択だと思いますよ」と安心させて下さいました。やっぱり経験豊富な医師はメンタルケアも万全ですわ。

四ツ谷のイタリアンダイニング ラルゴまで歩いて行くには未だ早かったので麹町から銀座一丁目へ。
銀座伊東屋に遠廻りして来年の手帳を買いました。
これも願掛け。
東京メトロ丸の内線で銀座から四ツ谷へ。
帰宅ラッシュ時は赤坂見附からドッと乗って来るので僅かひと駅ですが術後は絶対避けなければならないルートです。

ラルゴに着くと既にKさまMさまがお待ちでした。
オーナーの愛娘Mちゃん登場。
いつもはパパのパッセンジャーシートでコーナーリングでパパの更にインを衝いてる凄い娘です。
パパの店に来ることは有っても大概ママ同伴、今回独りで地下鉄乗り継いで来てくれました。
感染源になるからって子供の見舞いを禁じてる病院があるので気遣って入院前夜に気合入れに来てくれたという訳です。
テンション上がります。
お子様時間がお開きになって駅まで見送りました。
改札でバイバイも悪いんでホームまで降りるのに入場券買おうとしたら駅務員さんがゲート開けて通してくれました。
なんてぇ気遣いでしょう。
帝都高速度交通営団から42年間地下鉄乗ってますが最高の気配り戴きましたぁ。
旨いもの沢山食べて、久々にワイン呑んで、いつキープしたか忘れたウィスキーボトル空けて、バイク談義に大爆笑しつつ気付けば間も無く終電ですわ。
あらら入院の準備してないのに…。
伴天連の小生に由緒正しい神社のお守りまで買って来てくれて…。
ホンとにバイク仲間って有り難いです。
で結局帰宅して直ぐに眠っちゃいました。

2010/9/22
入院の朝06:00起床。
慌てて必要な物をトローリーカートに詰めます詰めます。
出張では1000泊以上してますから旅慣れてますが入院それも期間未定となると困惑。
あれこれ有ったら良さそうな品を捨て切れずに結局ボストンバッグ追加。
これが退院時に後悔を招きます。
11:00入院手続。
早速Oクラークさまに無理言っていきなり外出許可を取って郵便局で簡易書留を出して葉書と切手を買いました。
初めから大部屋に入ることが出来てラッキー!
入院経験の有る友人は「お金が有っても個室は孤独だから大部屋にしな」言います。
術前は検査検査。
先ずは入院生活に慣れなくては。

2010/9/23
Shaver壊れました。
縁起でもありませんが修理出来るものは術前何でも治して使ってました。
「生きたければ真剣に祈れ」って遠くに住む妹が珍しく温かいメールをくれて涙。
「術中死が有るなら遺書書いておけ」って結構厳しいこと言うなぁ思っていたので有り難かった。
親友のお母上が見舞いに来て下さった。
愚母老人ホームに預け、妹は遠くで子育てしつつ介護福祉の仕事してるから手術にひとりで臨むと訊いて来て下さった。
有り難いなぁ友達は。
ってかその御母上まで!
ドイツクラシックツアーの土産話を聴かせて戴く約束して願掛け。

2010/9/24
PhilipsSensoTouch3D_RQ1280CCを買って来てね、って友達にメールしたら早速家電量販店に行ってくれました。
ところが全国的に売り切れているとのことで、何箇所も廻って貰うのも流石に悪いので通販で買うことに。
病院宛て宅配便は総務課に患者本人が印鑑持って受け取りに行く必要があるとかで、その友人宅に送って見舞いがてら持って来て貰うことにしました。
って決済してしまってから判ったんですけど全世界的にリコールになってたらしく…壊れたのを騙し騙し使い続けるしかありません。
もう笑い倒すしかない。

2010/9/25
歯は命。
歯科検診です。
術前術中術後は人工呼吸器に繋いで口から気管支までチューブを入れるので歯槽膿漏が有ると雑菌まみれの唾液が気管支に入って肺炎起こして命を脅かすことも有るんだそうで、って高齢者医療は誤嚥性肺炎が命取り。
父もそれで死んだ訳で…。
挿管する際に前歯折れ易いかどうか歯のグラツキチェックして歯肉の状態記録して歯石歯垢除去して完了。
数箇所磨き残しは有るものの歯が折れたり誤嚥性肺炎起こし易いようなことはないって判ってひと安心。
LargoTouringTeamで見舞いに来てくれました。
手土産は全て書籍雑誌。
メンテナンスとか治る関係の有り、地獄からの生還もの有り。
何より嬉しかったのは、入院前夜に気合入れにパパの店まで来てくれたMちゃん。
小学校の合同音楽祭でバッハの管弦楽組曲第3番ガボットを鼓笛隊編制で演奏するってんで全曲鼻歌で一緒に歌いました。
これ最高です。
術後呼吸機能が激減するというので吸気力訓練器具を買わされたのですが、そんなのよりもずっとず~っと呼吸訓練になります。
麻酔科医師による「死んじゃうことも有ります」説明にも、術場看護師さまによる「術前術中処置について」の説明にも充分納得。

2010/9/26
遠路遥遥ビーマーが2人見舞いに来て下さいました。
最遠茨城県結城市からわざわざ。
首都圏ディーラー共催中古車フェア会場に外勤中のマネジャーから預かって来てくれた見舞いの品もさることながら、スポーツ飲料2本が術前夜にもの凄く役立ちました。
叔母がボロボロの体に鞭打って来てくれました。
自分も癌治療中、甥の体を気遣ってる場合じゃないのに有り難い。
妹の言うことをきいて遺書を書きました。
死んだら解剖実習用献体か全臓器提供。
遺骨は伊豆スカイラインから見える海に撒いてくれ、って面倒なことを頼みました。

術中うんこ垂れる訳にいかないので20時に浣腸、零時から禁食、誤嚥を防ぐため禁補水なのですが、浣腸が効き過ぎました。
30分毎にゴロゴロ。
脱水でフラフラになりながらトイレの前を離れられません。
スポーツドリンク有り難かった。
午前2時頃ようやく眠っても大丈夫かなって落ち着きましたが零時までチビチビ補水したお蔭で卒倒せずに済みました。

2010/9/27
6時起床9時出床なのですが5時に目醒めました。
前の晩に呑んだ下剤が効いて来たんです。
散々浣腸で苦しめられたのに…。
何と!未だ固形が出ます。
08:40未だ出ます!
手術より、麻酔が醒めないことよりも、手術台でうんこ垂れる方が恐怖です。
やたら可愛い病棟の看護師さまに見送られて、やたら美しい術場の看護師さまに術場まで連れて行って戴ける。
普通なら舞い上がりますが、頭の中はウンコのことばかり!不幸です。
手術台で忙しくたち働いていらっしゃる方々に「ウンコ垂れたら申し訳けございません」と挨拶して、寝かされたら直ぐ左手ALine獲る激痛、血管探られるのは痛ぇです。
そこで意識が無くなりました。

眼が醒めたのはICU
呼吸困難で窒息寸前。
呼吸急迫パニック発作です。
麻酔拮抗薬が効き過ぎたんでしょうか、切り開かれた胸が痛むことより、吸い込もうと肺を膨らましただけの空気がレスピレーターから流れて来ない気がして…。
夜勤の看護師Gさまに掴みかかって抜管をせがみますが言葉は発せないのでゼスチャーでは苦しさがなかなか伝わりません。
ボードとマーカーを持って来て貰ってどんなに苦しいか詳細に書きました。
「酸素飽和度は下がっていないから呼吸状態は良い筈」言われても苦しいものは苦しい。
夜勤担当医師の袖を掴んで抜管をせがむと「こんなにハッキリ現状表現出来るなら抜いて良いでしょ」言って戴けて、ようやく窒息の危機回避。
何なんでしょうね。
時刻を尋ねるゆとりが出て術日の23時過ぎでした。
加湿された酸素を送るマスクで呼吸していても酷い口渇です。
手は動かせるので濡れたガーゼを持って来て貰って早速自分で口の中を拭います。
まだ水を呑むのは許されていませんが、これでかなり楽になり、眠れました。

2010/9/28
ICU2日目
日勤の看護師Nさまに交代。
Gさまにご迷惑お掛けしたことお詫びして、昨晩の書き込み読んで戴いてレスピレーター機能までチェックして戴きましたが勿論特に異常なし。
エアフローより吸いたい量が多かっただけのことですかね。
緊張の恥かしい清拭着替えで右肩関節亜脱臼、って後から脱臼してたことが判ったんですけど…。
急に気分が悪くなって離床を早めるために立てて貰っていた背もたれを寝かして貰いました。
寝かすと昼食の時に倒れるかも、などと言われつつ、なりふり構っていられません。
具合悪いんじゃ無理しても仕方ないです。
2時間程横になっている内に弁の縫い目が裂けたんじゃないかとかあれこれ不安がよぎりますが、多少復活。
飲水試験もパスして食事解禁。
驚くことに昼食から全粥普通食でした。
喰えるもんなら喰ってみな、って勢いでしたから完食しました。
無理矢理食べたんじゃなくて腹減ってたから。

あれこれ検査されつつ状態が良いということで個室に移動、座位を保つ訓練始めてアッという間に夜。
あんまり痛がるんで夜勤に交代した後でNさまが肩揉みに来てくれました。
申し訳けないんでお断りしたら離床が早かったご褒美って握手してくれて…。
普通なら萌えるところですが正中切開創より遥かに痛い右肩が気になってそれどころじゃぁ…。
この夜がキツかった。
どんどん右肩が痛くなって痛みで失神しそう。
鎮痛剤を使うと異常個所が自分で判らなくなってしまうからって断ってましたが流石に断念。
とりあえず内服で。
お蔭で1時間位眠れました。

2010/9/29
ICUから回復室へ。
朝食前に立ち上がって脚踏みしたり病棟へ戻る訓練を進め、朝食を完食。
IVH(頸に刺さってる中心静脈ルート栄養とモニタ)抜いて戴いて、清拭して戴いて、ALineを新人看護師さまに抜いて戴いて血がほとばしり出て(笑)動脈って細くてもマジでピューです。
止血完了したら車椅子で病棟へ。
出来れば歩いて帰りたい位に思っていましたが、呼吸能力が術前の1/3程度に落ち込んでましたから無理は禁物。
右肩の痛みが頭から離れません。
例の親友に先ずメールを送ってツボ圧しを持って来て貰いました。
でもダメです。
麻薬系鎮痛剤を頼みましたが却下。
縦隔ドレーンチューブを抜いて気分が悪くなり…。
痛みに弱いです…。

2010/9/30
未明に右旋回体位変換したら「バキッ」と大きな音がして肩がずれました。
右肩関節亜脱臼を自己整復した訳です。
初めての脱臼が開心術後とは皮肉なもんです。
朝のX線撮影に肩骨部を追加して戴きましたが自己整復後では「脱臼してないね」で片付けられてしまいました。
尿量が半端なかったので腎機能不全は心配なくなったらしく尿道バルーンカテーテル抜いて戴きました。
抜く時に粗相するんじゃないかと心配しましたが杞憂でした。
絶えず残尿感に悩まされると訊いていたのですが挿入して下さった方が上手だったのかほぼ違和感なし。これにも感謝です。

2010/10/01
心嚢ドレーン抜いて戴きました。
結構長いチューブでしたから引っ張られて違和感がありまたまた具合が悪くなりました。
自分の胸からゴボゴボ腸蠕動のような音が聴こえて来て、あぁ心嚢には穴が開いたままなんだなぁ、心タンポナーデが心配だなぁって…。
心嚢液貯留200mLでも心不全になることがあり、2000mLでタンポナーデを起こさないこともあり、なんて循環器の教科書を読む度に不安になり。
回復室から大部屋に移されました。
全身状態良好ってことですよね。
ディーラーMCのHマネージャーが某ディーラー店舗落成式の帰りに寄って下さいました。
奇縁で同じクリニックに通うことになったとは言え、顧客のひとりを見舞うなんて如何なものかと思いましたが、誰某がスタンプラリー完走なさったとか、あれこれ訊かされる内に生きてる実感が湧いて来ます。

2010/10/02
車椅子の空気入れ。
不整脈起こした場合に備えて心臓に突き刺したままになっていた体外ペースメーカー用リード線を抜いて戴いてシャワー解禁になったけれど、抜く時の違和感でまたまた気分が悪くなって1日延期。
具合悪そうにしてたらX線撮影のために乗せて下さった車椅子のタイヤが潰れていて重かったので看護師さまに空気入れ無いのか尋ねたら気軽に入れられないらしい。
早速例の親友にパナレーサーの圧力計付き足踏みポンプ買って来て貰って9階に有る11台の車椅子全てに充填。
歩くのは未だ難しいけれど足踏みならリハビリに最適かなと。
心電図モニター借りて血圧と心拍数と酸素飽和度コントロールしながら。
機種によってというかタイヤに依って適正空気圧が300~450kPaと幅広い。
450モデルに300しか入れなければ重くて使い辛いことこの上ない筈。
バルブコアが壊れていて使えない1台は庶務課に任せるとして、全て適性空気圧に。
何で患者が空気入れてるの?って通りがかりの看護師さま皆々に訊かれたけれど…ダート走る時に10kPa単位でグリップ感を微調整している身としてはエアの抜けてる車椅子なんて許せなかったんです(笑

2010/10/03
勤め先の同僚ホーネット900乗りが千葉から、Ducati696乗りの妹が静岡から来てくれました。
フラフラになりながら術後初めてのシャワーを浴びて、そろそろ歩行訓練しようと思ってた処に2組の見舞い。
談話室で4時間近く話して、それはそれでリハビリになりました。

2010/10/04
初歩き2時間
移動式モニターお借りして血圧・心拍数・酸素飽和度コントロールしながら病棟廊下を1時間2本。
執刀医師が仰る弁縫縮部位が壊れてしまわないような生活、ってのを守るためには1kmphがせいぜい。5分で歩けるところ30分掛かるってこと?3箇月間のリハビリが不安になりましたが、術後1度も歩いたことないのに、いきなり1時間立ちっ放し2本出来ただけでも奇跡に近い。
呼吸機能訓練にMP3聴きながらメロディー口ずさんでいたのが劇的に効きましたわ。

2010/10/05
脳卒中の恐怖。
午前6時起床して自販機に野菜ジュースを買いに行って寛いでいるといきなりモノが2重に見えて愕然。今まで順調過ぎました。
教科書的一過性脳虚血発作です。
壁のナースコールは押せないし悲鳴も上げられない。
幸い脚には来ていなかったので壁伝いにナースステーションまで、辿り着いた頃に症状消失。
TIAが来たって騒いでも歩けたんだからTIAじゃない、なんて頓珍漢なこと言う看護師の顔が見えなくて幸い。
教授回診で訴えたら神経内科専門医の往診を受けられることに。
言ってみるもんです。
心エコー検査では50%僧帽弁逆流してたのが完全閉鎖。
有り難いことです。
叔母と叔父が見舞いに来てくれました。
叔母は翌日手術を受けるというのに…。
担当看護師さまが気遣って下さって昼のバイタルとか談話室で。
神経内科専門医師も談話室を診察室にして下さり…。
構音障害や顔貌の変化など脳卒中の不安は有るけれど至れり尽くせりです。

2010/10/06
朝イチでX線撮影して来なさいって勧められて教授回診すっぽかし。
荷物を纏めて会計済まし、3kg以上持ち上げちゃぁいけませんよ、言われてるのに20kg超える荷物を2Wheelsのトローリーカートで運ぶ。
無謀です。
宅配便頼めば良かった。
タクシーの積み下ろしはドライバーに頼みましたが、タクシー乗り場までの僅かなスロープを引いて移動するのが難儀。
胸の骨がギシギシ言います。
ズレたらどうしよ!って感じです。
往路90分を復路180分掛けて家に辿り着いたらヘトヘト。
玄関前に停めてあるGS-Aがでっかく見えます。
また動かせるようになるんだろうか、グリップを握って涙がこぼれました。
生きて帰れて良かった、早く退院出来たのは嬉しいけど、こんな体で家事出来るんだろうかと不安に感じつつベッドに倒れこみました。
ボストンバッグのファスナー閉めるだけで上半身に激痛が走るし、退院が最も重労働でした。

4 件のコメント:

Marlowe さんのコメント...

おかえりなさい。
今時の病院はずいぶんと早く退院させるのですね。
お見舞いに行く前に退院されたのでビックリです。
不自由な生活が続くかと思いますが、GSAでまたツーリングに行ける日を楽しみに待っています。

ViveLaBibendum さんのコメント...

Marloweさま
お気遣いありがとうございます。
在院日数短縮は厚生労働省主導のようですね。
心臓が安定して呼吸機能がほぼ術前に復したので退院になったようですが、血圧が不安定で一過性脳虚血性発作も有り不安ではあります。
亀の歩みで徐々に調子を上げて行きます。

r12gsad さんのコメント...

大変な2週間だったようですが、退院おめでとうございます。 ブログを復活されたと言うことは、かなり回復されたことでしょう。

無理をなさらず、ゆっくりと静養してください。

ViveLaBibendum さんのコメント...

r12gsadさま
コメントありがとうございます。
退院後が大変で、入院生活は囚われの身ではありますが、或る意味極楽でした。
7時間掛けて2度目の外来受診を済ませて来ましたし、そろそろ退院後の経過を書き込もうかと思っております。